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関西屈指の物づくりの町「生野ネットワーク」
生野ネットワーク
こだま製作所自体は「山椒は小粒で・・・。」をコンセプトに運営しておりますが
「こだま」を取り巻く板金ネットワークは特に1個からの試作品製作を重点的に洗練された企業様との連携を図り、加工技術・守秘対策だけではなく納品時の梱包まで高い評価をいただいております。
また、量産移行の準備も試作での情報をスライドできる利便性からお客様に喜んでいただいており量産においてもネットワーク化で守秘対策可能領域内 連携を進めております。
主なネットワークは
電子部品などの微細板金加工4社、デジタル家電部品・板バネなどの小部品中心の精密板金加工5社、デジタル家電・家電・PC部品などの中型製品の板金加工5社
エッチング加工3社、レーザー加工専門2社、プレス加工4社、マルチフォーミング2社。
ネットワーク規模にこだわるのではなく「質」をキーワードに連携を図っております。
また「こだま製作所」は精密板金部品の試作・量産対応を中心に業務を行っておりますが
部品製作においてのお客様のご要望に対し半製品の製作も対応しております。
ここでは 半製品製作対応でご協力いただいている生野区中心とした各会社さまを一部ご紹介します。
T金属製作所さま(旋盤加工・NC旋盤加工)



自動盤から始まる切削のノウハウをみごとNC旋盤にも生かされています。対応はいつも謙虚に品質にはは常に厳しくさまざまな金属にも挑戦されている姿勢は 精密板金試作と違いはあれどいつも“パッション”をいただいております。
T社(装飾品を中心とした板金加工)



別注の照明器具などの板金製作を中心にさまざまな装飾品を製作しておられます。
たとえば木の葉を金属でうまく表現しての板金製作はみごとなものでした。
過去の好景気ならではの贅沢な照明器具を手がけてられていただけあって照明器具をデコーレーションするさまざまな金属部品を一枚の鉄板から形とされています。
いまや、それだけの製品を手がける機会は少なくなっている昨今、貴重な経験とノウハウとなってきているのが現実です。
T製作所(金型製作・プレス加工)



建築部品・食品製造器部品・弱電部品などの金型製作からプレス加工まで
親・兄弟2人でこなしておられます。画像右の順送金型は金型設計・製作・組み立てまで
CAD/CAM・ワイヤーカット・マシニングセンター・研磨・組み付けをなんと1人で製作期間1ヶ月で仕上げられたものです。生野区では若くてスキルの高い技能者がたくさんおられます。
K線材工業所(線材加工)



線材加工専門として NC機を駆使して2次元形状、スポット溶接加工しての3次元形状など線材をさまざまな形に仕上げます。量産は自動機での月産数十万加工も対応されています。高度成長期の経験で2代目育成と、さらなる線材加工への挑戦に日々努力されています。
(有)こだま製作所(スポット溶接・ティグ溶接)


S製作所(YAGレーザー溶接)

(有)こだま製作所の溶接部門もご紹介します。弱電・車両・半導体製造部品・建築金物・ガス器具部品をはじめ加工業として自立型町工場を進めてきたお陰で、分野別でのさまざまなご要望や りん青銅・インコネル・チタン・アルスター・タンシート・真鍮・銅・洋白といった異種金属においての豊富な経験を持ち、単にスポット溶接・ティグ溶接加工するだけでなく、提案加工から、社内製作で冶具・電極を駆使しての特殊加工も対応しています。
また、薄板溶接や、微細溶接対応でのネットワークとしてYAGレーザー溶接加工や スタッド溶接のNC加工から、薄板加工までお客様のご要望に対し可能領域を拡大しております。
S社(マシニング加工)

小ロット切削部分対応
K社(積層造形)

樹脂加工金型レスで対応
A社(アルマイト加工)

アルマイトで加工
・板金絞り加工の少ロット対応としてへら加工業社多数所在
・押しバネ、引きバネ、異形バネなどのバネ製造業社も多数所在
・熱処理加工メーカー、鍍金、塗装は多種にわたり加工業社が多数所在
生野物づくり文化の近年の歩み
大阪市“生野区”では江戸時代より農家の副業といして眼鏡・碁石などのものづくりが盛んでした。明治期を経て、大正末に都市成長の著しい大阪市に編入され、 生野区におけるものづくりはさらに・・・・
レンズ産業発祥の地生野区(田島町)
レンズは用途に合わせて一枚一枚磨き上げるもの。
レンズ職人は「度数がわかるのに三年、一人前の技術をつけるのに七年」と
田島では言われています。(1983年 大阪新報掲載記事より)
超耐衝撃性偏光レンズの開発に成功されて今や世界的シェアを誇るレンズメーカーも誕生しています。
そして生野区は 建築金物、照明器具などの金物製作の町でも広く知られております。
大正にはいり金属中心の製造業が目まぐるしく発展しました。
その要因となる大企業の誕生
松下電器産業(株)様 創業の地 (社史より)
1917年6月、東成郡(現、大阪市東成区)猪飼野の借家でソケットの製造販売を始めた。その時、むめのの弟・井植歳男(後に三洋電機を創業)を呼び寄せて手伝わせた。
(猪飼野は生野区と東成区のちょうど間にあたります。)
シャープ(株)様 創業の地 (フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より
1923年には関東大震災によりシャープペンシル工場を焼失
大阪(生野区となりの阿倍野区)に移り再起を図り、1925年鉱石ラジオをシャープの名前で発売した。)日本家電企業ではじめて電子レンジを販売されました。
船井電機様 創業・設立の地
1961年8月 (会社沿革より)
大阪市生野区に資本金20,000千円にて船井電機(株)を設立。
大企業の発祥地をはじめ製造業の町として発展したのは・・・
・独立性の高い人材が多かった事。いまでいうベンチャースピリッツでしょうか
進学諦め就職といえば近くの工場といった風潮、そして独立開業。そこにも親方をたてる
道徳的ルールは 「のれん」分けといった商人の町のなごりも残っていたように思えます。
・材料卸も活性かされてきておりましたのであらゆる材料入手が 安易に出来た事
・低い投資で設備が購入できた要因として中古機械販売業社の続出。特に日本唯一の中古機械販売基地ともいえよう東大阪機械団地も大きな要因の一つだと思われます。
〜そんなルーツを経て生野区は製造業としてのあらゆるノウハウの蓄積と
人材を 生み出してきました。〜









